掲載2010年3月23日

訳者メモ

ウクライナといっても、どこにあるのかよくわからない遠い国の話のようであるが、米国の「完全支配」戦略にとって非常に地理的に重要な場所であり、「グローバル化」した今日、日本にいる我々にも大いに関係があることが理解できる記事である。

ウクライナは、旧ソ連で、チェルノブイリ原発の事故が発生した場所である。ロシアの隣国で黒海に接している。前回の2004年の大統領選の混乱から、オレンジ革命(東欧圏の各地で発生したカラー=色彩革命の一つ)が発生し、2005年1月ビクトル・ユシチェンコが大統領になり、ユリア・ティモシェンコという美人過ぎる首相が誕生した。いろいろあったが、任期5年の満了となる今年、再び大統領選を迎えたわけである。ビクトル・ユシチェンコは第一回投票で5位となり、決選投票は、ビクトル・ヤヌコビッチとティモシェンコの勝負となった。

昨年の記事「戒厳令第一号はウクライナ、次はオーストリアか?」でも取り上げた。

マッキンダーの地政学(百年ほど前のイギリスの戦略家の思想)を現代のアメリカに受け継いだ男がブレジンスキーである。カーター政権のときに、意図的に発生させたスリーマイル島原発事故とタイミングを合わせてFEMAを設立した男、現在のオバマ大統領を育てた男でもある。オバマを見ていると、厳しい売上ノルマを課せられたセールスマンのような悲壮感が漂っているが、そのオバマにストレスを与えているディマンディングな上司だと考えるとイメージし易いかもしれない。(根っからのバカだった前大統領のブッシュには、そうした悲壮感はなく、どちらかというとコミカルな演出だった。大衆があきないように、いろいろなタイプを据え付けるものだ)

米国にとっての地政学のポイントは、ユーラシア大陸の諸国を結束させないことである。これはイギリスの古典的なバランス・オブ・パワー戦略を地球規模に拡大したものと言ってよいだろう。第一次世界大戦前から伝統的にイギリスは、大陸ヨーロッパ諸国を互いに戦わせることで漁夫の利を得たり、イギリス自身に対抗して来ないようにしていた。

ロンドンから見た欧州大陸(Google Earthより)

そして現在、米国は、北極を挟んでイギリス越しにユーラシア大陸をにらみ、ユーラシア大陸の諸国(ロシア、中国など)が結束しないように注意している。

ワシントンから見たユーラシア大陸(Google Earthより)

以上のような視点で読んで頂くと、ウクライナの重要性が理解できるのではないかと思う。

ハートランド・パワーの地殻変動とウクライナ

Ukraine and a Tectonic Shift in Heartland Power

F・ウィリアム・イングドール

By F. William Engdahl

(http://engdahl.oilgeopolitics.net/)

掲載2010年3月23日

第1部 現在のウクライナの地政学的意味

Part I: The Geopolitical significance of Ukraine today

2010年3月16日

NATOに不利な決選投票

2月14日、ウクライナの問題を抱えた大統領選の決選投票の結果、選挙委員会はビクトル・ヤヌコビッチの勝利を宣言した。以前、オレンジ革命を扇動したユリア・ティモシェンコ前首相は破れた。ウクライナの選挙は、ワシントンが画策していた方向とは逆の結果となり、派手に宣伝された「オレンジ革命」の終焉を決定づけることになった。

この政治的転換点に当たって問うべきは、ウクライナのオレンジ革命の敗北が、ユーラシア大陸のハートランド(中核地帯。英国の地政学者ハルフォード・マッキンダーがウクライナを含む地域のことをハートランドと名付けた)の未来にどのような意味を持つのかという疑問である。また、さらに重要な観点としては、ワシントンが抱く「完全支配」(フル・スペクトラム・ドミナンス)という恐ろしい野望のため、ペンタゴンが20年がかりで試みてきたロシアの軍事パワーの弱体化(究極的には無力化)にとって、今回の転機がどのような意味をもつのかという疑問がある。

地球の未来の地政学的バランス・オブ・パワーに影響するウクライナ大統領選の決戦投票の長期的な意味を理解するには、2004年のオレンジ革命に立ち戻る必要がある。その時のビクトル・ユシチェンコは、ワシントン(特にブッシュ政権を取り巻く新保守派)が厳選した大統領候補だった。ワシントンの目的は、ウクライナとロシアの歴史的・経済的結び付きを切り離し、近隣のグルジアと一緒にNATOに引きずり込むことだった。

ウクライナの政治・経済地理学

地図を一目みれば、NATOにとってもロシアにとっても、ウクライナがいかに戦略的に重要な位置にあるかわかるだろう。東側の国境がロシアに接しているだけでなく、ロシアの西欧向けの天然ガス・パイプラインの大半がウクライナを通過している。ロシアにとって不可欠な経済の生命線であり、ドルを稼ぐ収入源であるガス輸出の約80%を担っている。

それと恐らくそれと同等にロシアにとって重要なのは、ウクライナにある黒海の港セバストポリ(ロシア黒海艦隊の母港)の借用権であり、これはロシアを包囲しながら成長を続けるNATOに対抗して然るべき防衛力を維持するには不可欠である。黒海艦隊は、ロシア・ウクライナ間の協定に基づき、ウクライナのオデッサにも追加で母港を借りている。この黒海艦隊の基地という政治的に微妙な二国間協定は、更改されなければ、2017年まで失効することはない。2008年8月のロシアとグルジアの紛争の後、ユシチェンコ大統領は、この協定を前倒しで終了させ、モスクワから戦略的に最重要な海軍基地を奪うと騒ぎ始めた。もともとロシア海軍は、1783年にこの地域を併合した時から、セバストポリ港を利用してきた。

ロシアと国境を接するウクライナ東部は、1,500万人以上のロシア民族の故郷であり、また、世界的にも最も肥沃な土地で、まさに東欧の穀倉地帯であり続けてきた。2009年の統計では、ウクライナは米国とEUに次ぐ世界第三位の穀物輸出国であり、ロシアとカナダを上回っている。[1]

ウクライナの黒土(chornozem)は有名で、世界で最も肥えた土と考えられており、ウクライナの国土の3分の2を覆っている。[2]

ドニエプル川とドニエストル川の周りの地域は、500km幅に達する「スウィート」黒土が広がる世界唯一の土地である。極めて高品質の収穫をもたらす特別な土であり、国家財産になっている。伝えられるところでは、モンサント、カーギル、ADM、クラフトフーズなどの西側のアグリビジネス企業が、こうした資源を搾取しようと期待に胸をふくらませ、ウクライナ国内の政治的行き詰まりの終焉をヨダレを垂らして待ち望んでいるという。[3]

ドネツ盆地(ドンバス)東部のドネツク地域は、新たに選出されたヤヌコビッチ大統領の政治基盤である。そして、ウクライナで最も人口が多く、石炭・鉄鋼・金属精錬産業、科学と文教の中心地でもある。ドンバスには、石油とガスの他に、約1,090億トンの石炭が埋蔵されていると推定されている。

ウクライナには、花崗岩、黒鉛、塩といった天然資源もあり、総じてみると、ヨーロッパで最も豊かな地域の1つである。金属精錬、陶磁器、化学産業でセラミックや建築材料を製造するのに必要な資源を豊富に持っている。[4]

そのようなウクライナを2004年に捕獲したことには、ペンタゴンが「完全支配」(フル・スペクトラム・ドミナンス)と呼ぶ、地球全体(陸と海と空、そして宇宙の果てまでも)の掌握を目指すワシントンにとって戦略的・地政学的に重要な意味があった。英国の地政学の父ハルフォード・マッキンダー卿が、その独創的な1919年の著作『民主主義の理想と現実』 (Democratic Ideals and Reality)で書いた通りだ。

東ヨーロッパを制する者が、ハートランドを制す。

ハートランドを制する者が、世界島を制す。

世界島を制する者が、世界を制す。[5]

マッキンダーが言うハートランドには、ウクライナとロシアが間違いなく含まれている。実質的に米国が率いたクーデタ(オレンジ革命)によってウクライナをロシアから切り離したことにより、ワシントンは、ロシアとハートランドだけでなく、同時に中国包囲網を形成することにもなるユーラシア大陸全体の完全掌握に向けて大きく前進して近づいたのである。どうりでブッシュ・チェイニー政権は、手下のユシチェンコを大統領(事実上の独裁者)に据え付けるために多大な労力を費やしたはずである。ユシチェンコの仕事は、ウクライナをNATOに引きずり込むことだった。彼が自国民のために何をしようが、ブッシュの策略家たちにはまったく関心のないことだった。

ユシチェンコは、ほぼワシントンの期待通りに仕事できたはずだったが、やはりバラ革命でグルジアに据え付けられていたミカイル・サーカシビリ大統領が準備不足の冒険をしたせいで予定が狂ってしまった。NATOの代表たちが、ウクライナとグルジアのNATO加盟を票決しようとしていた直前の2008年8月、サーカシビリは、南オセチアとアブハジアの分離独立運動の地域を奪回しようと軍隊を送り込んだ。ロシアが迅速な軍事対応でグルジア軍の攻撃を阻止し、サーカシビリの寄せ集め兵力が敗走したことにより、ドイツなどNATO加盟国が、両国のNATO加盟を承認する見込みは一気に萎えてしまった。それと同時に、ロシアとの戦争の際にグルジアやウクライナを防衛するという協定もやめることになった。[6]

オレンジ革命の意味

米国が後ろ盾になったNGOから支援と米ドルを得たユシチェンコを権力の座に就けた「革命」は、もともとワシントンが資金を出しているランド研究所〔訳註:米国のシンクタンク〕で考案されたものだ。ランド研究所は、蜂が群れ飛ぶパターンおよび類似の現象を研究し、現代のモバイル通信、文字送信、市民の抗議運動に応用して、政権交代と隠密戦争の戦術を構築した。[7]

ペンタゴンの戦略とカラー革命のことが記述されている。

私の著書『フル・スペクトラム・ドミナンス―新世界秩序の全体主義的民主主義』で述べているように、ウクライナを以前の独立したロシアの共和国からNATO側の米国の衛星国に変質させたのが、いわゆる2004年のオレンジ革命だった。革命の過程は、ちょうど事件がスタートする数ヵ月前(2003年5月)にウクライナ駐在の米国大使に任命されたジョン・ハーブストが監督していた。米国の国務省は、彼の活動内容を遠回しにこう表現している。

彼は、在職期間に米国とウクライナの関係を強化し、ウクライナで公正な大統領選挙が実施されるよう助力した。彼はキエフでオレンジ革命に立ち会った。ジョン・ハーブスト大使は、以前はウズベキスタン駐在の米国大使であった。そのとき彼は、アフガニスタンでの「不朽の自由作戦」の遂行を支援する米軍基地の建設に重要な役割を果たした。[8]

工作されたウクライナの政権交代用にワシントンがプロデュースすることに決めた男が、ビクトル・ユシチェンコだった。50代の彼は、元ウクライナ中央銀行の総裁で、1990年代にウクライナを「逆」工業化した野蛮なIMFのショック療法で中心的な役割を果たした男である。ユシチェンコのIMFプログラムは、ウクライナ国民にとっては破壊的なものだった。その1994年のIMFプログラムでは、ウクライナは為替管理を放棄させられ、通貨の価値は下落するがままに放置することを余儀なくされた。ユシチェンコは、中央銀行の総裁として通貨需要を監督していた。短期間のうちに、パンの価格は300%、電気料金は600%、公共交通機関の運賃は900%増加した。ウクライナの実質賃金は、同国が独立を宣言した1991年と比較し、1998年までに75%低下した。彼は、明らかにワシントンの子分であり、ワシントンがウクライナでやりたかったことを実行するために存在した。[9]

ユシチェンコの妻カテリーナ(シカゴ生まれのアメリカ国籍)は、レーガン政権と父ブッシュ政権で働き、米国国務省の職員だった。彼女は、「米国ウクライナ基金」(US-Ukraine Foundation)の代表としてウクライナにやって来ていた。その理事会には、ワシントンで最も有力な共和党保守派の一人であるグローバー・ノーキストがいた。ノーキストは、「筋金入りの右派の頭目」と呼ばれ、子ブッシュ大統領を支える右翼組織の結束の背後にいた主要人物であった。[10]

ユシチェンコは、ウクライナのNATO・EU加盟を大統領選の焦点にし、大衆受けを狙った。彼の選挙キャンペーンでは、大量の横断幕、旗、ポスター、風船その他に全てオレンジ色を使ったため、必然的にマスコミは「オレンジ革命」と呼び始めた。

ワシントンが資金援助した「民主主義擁護派」の若者の団体は、大規模な街頭デモを運営し、真偽が問題になった選挙のやり直し選挙で、ユシチェンコが当選するよう多大な貢献をした。

ウクライナでは、「ポラ」(Pora、時は至り)というスローガンの下、ユシチェンコ支持の運動が行われ、グルジアでバラ革命を運営した人々がウクライナに呼び寄せられた。グルジア議会の国防安全保障委員会の議長ギビ・タルガマゼ(Givi Targamadze)、グルジア自由協会(Georgian Liberty Institute)の元メンバー、そして、グルジアの青年団体Kmaraである。ウクライナの反体制派の指導者は、非暴力的闘争のテクニックをグルジア人に教わった。バラ革命を支援していたグルジアのロックバンド(Zumba、Soft Eject、Green Room)は、2004年にはキエフでユシチェンコの選挙キャンペーンを応援する団結コンサートを開催している。[11]

ワシントンに拠点のある広告会社Rock Creek Creativeは、オレンジのロゴと入念に仕組まれた色彩テーマを駆使してユシチェンコ支援のウェブサイトを製作し、オレンジ革命のブランド化に多大な貢献をした。[12]

2004年の選挙でユシチェンコがビクトル・ヤヌコビッチに敗北すると、各界の組織が示し合わせた行動を取り、選挙結果に不正があるかのような雰囲気を醸成し、やり直し選挙を支持するよう国民を動かした。CNN、BBCなど西側の主要メディアと連動したPoraなど若者グループ(特に選挙モニター)を利用し、二度目の選挙が準備された。そして、2005年1月にユシチェンコが僅差で勝利し、大統領になったと宣言したのだ。米国の国務省は、ウクライナの大統領選で、米国に友好的な結果を出すために、約2千万ドルを費やしたそうだ。[13]

グルジアで米国政府が後援していたNGOが、ウクライナでも成果をあげたのである。ジョージ・ソロスのOpen Society Institute、Freedom House(その当時、元CIA長官ジェームズ・ウールジーが率いていた)、NED(National Endowment for Democracy)とその系列団体、National Republican Institute、そしてNational Democratic Instituteである。ウクライナ人のレポートによると、米国系のNGOは、保守派の米国ウクライナ基金と一緒になって、ウクライナ全域で活動しており、PoraとZnayuの抗議運動を援助し、決定的に重要な投票立会人の訓練にも従事していた。[14]

ワシントンがキエフに設置した子分のユシチェンコ大統領は、速やかにロシアとの経済的絆を断ち切る行動に移った。その一つが、ウクライナ経由の輸送パイプラインで西欧に供給されていたロシアの天然ガスを止めることだった。この行動は、EU諸国(特にドイツ)にロシアは「信頼できないパートナー」だと思わせたいワシントンの思惑によるものだった。

ロシアのガスの約80%は、ウクライナとロシアが1つの政治経済主体だったソ連時代に建設されたウクライナのパイプラインを使って輸出されていた。[15]

また、ユシチェンコは、同じく米国がスポンサーの男、近隣のグルジアのミカイル・サーカシビリ大統領とも、密接に連携して働いた。

2010年のウクライナの選挙で、ユシチェンコの得票はわずか5%であり、オレンジ革命の「ヒーロー」を圧倒的な割合の有権者が拒絶した。5年間の政治・経済的混乱を経験したウクライナ人は、明らかに何らかの安定を望んでおり、ウクライナの世論調査をみると、過半数がNATO加盟に反対している。

西側のメディアは、ウクライナのビクトル・ヤヌコビッチ新大統領をモスクワの操り人形であるかのように描写しているが、これは見当違いのようだ。彼を後援している産業界の人々は、ロシアだけでなく、EUとの調和ある経済関係を望んでいる。

ヤヌコビッチは、最初の外訪先をモスクワではなくブリュッセルとし、EUの要人と会うことにすると述べている。その後、ただちにモスクワに飛ぶ。ロシアのメドヴェージェフ大統領は、ユシチェンコとの政治的緊張関係のために何ヵ月も保留になっていたキエフ駐在ロシア大使を復職させることで、ウクライナとロシアの関係が改善に向かうことに期待の意志を示したところだ。

だが、最も意味深いことに、ワシントンに催促され執拗にウクライナをNATOに引きずり込もうとした前任者とは対照的に、ヤヌコビッチは、ブリュッセルでNATOの役人には会わないと宣言した。ウクライナのメディアのインタビューで、ヤヌコビッチは、はっきりとウクライナはEUにもNATOにも加盟しないことを言明した。モスクワにとってはNATOに加盟しない意思を示したことが特に重要だ。

その代わりに、ヤヌコビッチは、ウクライナの経済混乱と政治腐敗に専念すると誓った。モスクワに関しては、ウクライナの天然ガス・パイプライン網をロシアとの共同事業で運営することは歓迎すると述べ、ユシチェンコ大統領とその極めて野心的なユリア・ティモシェンコ首相が絶縁しようとしていたロシアとの関係を回復させる意向を示した。NATO陣営にとって好ましくないという意味では、もう一つ重要ポイントがある。ヤヌコビッチは、2017年に失効予定のロシアにとって戦略的に不可欠なセバストポリ港の海軍基地の租借権を延長すると発表したのだ。[16]

ロシアの新たな地政学計算

ヤヌコビッチとの選挙に破れ苦々しい思いをしているオレンジ革命の戦士、ユリア・ティモシェンコ首相は、ヤヌコビッチの政策に痛烈に反対している。その理由は、彼女の政治的野心であり、それに負けず嫌いで有名なこともあるだろう。ティモシェンコは、2月の選挙結果について裁判所に異議を申し立てたが失敗したため、今度は、議会の連立を利用してヤヌコビッチを妨害することにすると発表した。通常の手続きでは、ヤヌコビッチの勝利(百万票の差で)が公認されたならば、ティモシェンコは首相を辞任しなければならなかった。そして、実際に大統領に選出されたヤヌコビッチは、2月10日にそう要請している。だが、彼女は拒絶した。彼女は、ドイツのアンゲラ・メルケルなどEUの指導者たちから、望ましい大統領候補として支援されていた。[17]

ヤヌコビッチの勝利は、ウクライナで一番金持ちのリナト・アフメトフ(Rinat Akhmetov、鉄鋼とサッカーの億万長者)などウクライナの最有力の実業界オリガルヒに支えられていた。ヤヌコビッチと同様、アフメトフもウクライナ東部の鉄の地域の出身である。また、ドミトリー・フィルタシ(Dmitry Firtash)も、ヤヌコビッチを支援していた。彼は、ガス取引の億万長者であり、ロシアのガスプロムと共同でRosUkrEnergo社を所有している。彼の事業は、昨年、ティモシェンコ首相に邪魔されてしまった。

3月3日、ウクライナ議会は、450票中243票の過半数で、居座っているティモシェンコ内閣に不信任を突きつけた。これは、2004年のオレンジ革命のティモシェンコ派の終焉を告げる鐘の音だった。そして、2004年のオレンジ革命直後からウクライナの政治派閥に存在していた政治的行き詰まりがついに打破される可能性が開けたのである。現在、球は、明らかにヤヌコビッチ側のコートにある。[18]

ティモシェンコがオレンジ革命を共に率いる前のことであるが、彼女は1990年代後半にウクライナのユナイテッド・エナジー・システム(ロシアの天然ガスをウクライナに輸入していた私企業)の社長だった。その1990年代後半に彼女は、不法に盗んだロシアのガスを大量に再販し、売上に対する税金を逃れたたこと(これによって彼女はウクライナで「ガスの王女」と呼ばれるようになった)をモスクワから非難されている。

また彼女は、ウクライナのガス供給を自分の会社の支配下に置くことと引き換えに、政治パトロン(前首相のパブロ・ラザレンコ)にキックバックを与えたことについても訴えられている。[19]

ラザレンコは、恐喝、資金洗浄、詐欺、共同謀議のためにカリフォルニアで刑務所送りとなっており、ウクライナでは殺人で訴えられていた。[20]

ティモシェンコ政権の敗北の後、これからヤヌコビッチが、注目の中立路線でウクライナの安定化を進めることが可能であるとすれば、ウクライナが厳密に中立を保ったとしても、ロシアは、ユーラシアのハートランドを構成する政治的な地殻プレートの大きな変動を手に入れることになる。

第一に、ウクライナとグルジアをNATOに取り込むことによってロシアを軍事戦略的に包囲しようという目論見は、明らかに阻止され、中断している。ロシアが、ウクライナのクリミア半島経由で黒海に出入りすることは、十分に確保されているようだ。

実際、ウクライナの中立化は、ワシントンのロシア全面包囲戦略に巨大な穴を開けることになる。それは、NATOの三日月形の地理編成(ロシアとその密接な同盟国ベラルーシの周囲を、ポーランドからウクライナ、グルジアまで延びるNATO加盟国で包囲する構想)をぶち壊すものだ。ベラルーシのアレキサンダー・ルカシェンコ大統領は、米国国務省が強力に資金援助した反ルカシェンコのNGOを見事に撃退し、ウクライナ風のバラ革命に似たものをうまく受け流している。自由市場を信奉する西側諸国(特にワシントン)にとって苛立たしいことに、ベラルーシはほとんど中央計画経済のまま残っている。ベラルーシは経済的にロシアと結びついており、貿易の半分はロシア相手である。また、NATOにもEUにも加盟する計画はない。[21]

オレンジ革命の敗北がもたらしたユーラシア大陸中央部の地政学的な構成変化は、ロシアの長期エネルギー戦略に強い勢いを与えることになる。それは、ロシアの「東西南北」戦略とでも呼ぶべきものだろう。

掲載2010年3月26日

第2部 訳者メモ

この記事は、一見すると、エネルギーという専門分野の話題のように思われるかもしれない。実際そうでもあるが、もっと壮大な話である。だから、長文だが、エネルギー問題に興味がない人も読んでみてほしい。さらに直感を働かせれば、驚くような発見があるかもしれない。私は、著者の単行本の情報と総合して、次のような推論を得た。


この第二部を読むと、ロシアの天然資源(石油・天然ガス)パワーというものがよくわかる。そして、それを前提に考えると、エネルギー関係の不可解な謎が次々に解けていくようだ。

・ 昔から反原発運動を煽っていた米国支配勢力(原発が普及すると石油で支配できないから)が、今頃、原発推進に切り替えたのは何故か?

・ 石油の売上促進と逆行するような、「地球温暖化問題」を煽ってきたのはなぜか?

これらの謎は、ロシアが革命的な石油・天然ガス発掘技術を1990年代前半に実用化したこと(学術的に発見されたのは1950年代)により、世界最大の石油・天然ガス資源国になる潜在的能力を手に入れたことを計算に入れると、一つの推論ではあるが、面白いように解けていく。米国のペンタゴンがこの事実の重大性を認識したのは、2006年頃のようだ(参考:ウィリアム・イングドール”A Century of War”)。それと期を同じくして、アル・ゴアの『不都合な真実』を契機に地球温暖化問題が急速に脚光を浴び、そして、石油一辺倒だったブッシュ政権から「グリーン」政策を看板にするオバマに交替した。

つまり、アメリカが中東を中心に確保してきた石油資源よりも膨大な資源をロシアが持っているのであれば、さらに今回の記事にあるように北極圏で膨大な天然資源をロシアが手に入れていくのであれば、従来のような石油を基軸にした世界支配体制では、ロシアに世界覇権が移ってしまうのだ。それで、アメリカは、このままでは世界覇権が維持できないことに気付き、焦り始めた。

過去1世紀の石油を基軸にした世界支配を180度転換させることになったのだ。具体的には、「地球温暖化」問題で石油を使うなと言い始め、「代替エネルギー」を推進し始め、さらに今頃になって原子力を推進し始めた。また、石油と両輪である金融支配という意味でも、従来のオイルダラーによる支配から、カーボン・クレジット(排出権ダラー)に切り替えようとしている。排出権取引市場は、石油市場並みの膨大な規模に成長することを金融業界は期待しているというではないか。

「不都合な真実」とは、ロシアに天然資源があるという事実が米国に不都合という意味だったのだろう。


米国の目論見は、想定通りには進んでいないようだ。情勢はロシアに有利に傾いている。ロシア(プーチン)の頭脳戦には、惚れ惚れする。

非常に「デインジャラスだがエキサイティング」(著者の発言)な展開である。

第2部 ロシアの新たな地政学的エネルギー計算

Part II: Russia’s New Geopolitical Energy Calculus

2010年3月20日

ロシアの東西南北エネルギー戦略

ロシアにとって、隣国のウクライナが中立とはいえ安定したことのメリットは、ワシントンの軍事的脅威を軽減できたメリットだけでなく、大きな意味があった。依然として恐るべき核攻撃能力を温存していることの他に、ロシアは今や、一つの大きなパワー・レバーを展開する能力を増強している。そのレバーとは、世界最大の貯蔵量を誇る天然ガスを巧妙に活用することで、ワシントンの非情な軍事圧力に対抗することである。天然ガスは、西欧から大きな需要があり、イギリスさえも北海油田の衰退のせいで需要している。

西欧の工業予想によると、EU諸国の天然ガス需要は、特に発電用のクリーンで高効率の燃料として注目されているため、今後20年間で現在のレベルから約40%増加すると推定されている。この天然ガス需要の増加は、ちょうどイギリス、オランダなどEU内のガス田の産出量低下と同じタイミングで発生する。[1] これまでモスクワに敵対していたウクライナだったが、ヤヌコビッチが早々にロシアとウクライナのガス地政関係の安定を強調し、「非同盟」の中立という言葉で表現した対ロシア関係に移行したことで、モスクワは突如として遥かに強力な経済手段のラインアップを手に入れることになり、ワシントンのゲーム(軍事的・経済的にロシアを包囲すること)を無力化する力を持つことになった。

ユシチェンコとグルジアのサーカシビリがそれぞれの国で権力を掌握し、ワシントンと手を取り合ってNATO加盟に踏み出したとき、プーチンのロシアがかろうじて経済安全保障らしきものを再確立するために利用できた数少ない選択肢の一つがエネルギーという切り札だった。既知の範囲では、ロシアは、世界的にダントツで最大の天然ガスの貯蔵量を持つ。面白いことに、米国エネルギー省の推測によれば、世界二位の天然ガス貯蔵を持つのはイランであり、やはりイランもワシントンの標的リストの上位にある国だ。[2]

現在、ロシアは、惚れ惚れするような魅惑的で複雑多岐にわたるエネルギー戦略を進めている。実際には、エネルギーを「(EUの)人々を感化し、友達を増やす」ための外交手段・政治的レバーとして利用しているのだ。プーチンの後継者ドミトリー・メドベージェフ大統領は、ガス・パイプラインの地政学を総覧する役目を担う人物としては非常に適任である。ロシアの大統領になる前、彼は国営ガスプロムの会長だった。

大きな賭けのかかったユーラシアのチェス・ゲーム

ある意味、現在のユーラシアの陸地は、ロシア、EU諸国、ワシントン間の三次元チェス盤のような地政学ゲームになっている。ロシアにとって、ゲームの賞金は、ロシア民族として生き残れるか死ぬかの、絶体絶命の問題であることを、メドヴェージェフもプーチンも、現時点で明確に認識しているはずだ。

ロシアを軍事的に包囲するという米国の挑戦は、2003年と2004年のバラ革命とオレンジ革命にとどまることなく、ロシアと直接隣接する旧ワルシャワ条約機構主要国に(NATOでなく)米国が直接コントロールするミサイルを設置するという、この上なく挑発的なペンタゴンのミサイル「防衛」政策も含まれていた。NATO包囲網、ミサイル配備、そして「カラー革命」(これには2009年夏に企てたイランの不安定化作戦「緑の革命」も含まれる。ヒラリー・クリントンは軽薄にも「ツイッター革命」と言っていた)を駆使した露骨なまでに敵意むきだしの米国の軍事戦略を骨抜きにするため、モスクワは天才的なまでに複雑なエネルギー・パイプライン戦略を発達させた。

こうした米国の動きはすべて、ロシアを孤立させ、ユーラシア全域の潜在的なロシアの同盟国を弱体化するのが目的だった。

最近になってサウジアラビアを抜いて世界最大の産油国・石油輸出国になったロシアではあるが、それでも石油に比べると、天然ガスの市場と価格はモスクワの操作が容易であり、そのため、天然ガスを海外向けに販売することはロシアにとって非常に有利なことである。ビッグオイル(大手石油会社)とウォール街の共謀加担者(例えばゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー、JPモーガンチェイス)のカルテルが厳密に価格コントロールする石油とは違って、短期的な投機で天然ガスの価格操作をするのはウォール街にとって遥かに難しい。

石油とは異なり、ガスの場合には、建設費の高いパイプライン、LNGタンカー、LNGターミナル港に依存するため、買い手と売り手の二者協定で価格が長期固定される傾向にある。石油の場合は、ウォール街が2008~2009年にやったような厚かましい行為(わずか数ヵ月で1バレル147ドルの記録的高値から1バレル30ドル以下に下落させるといった価格操作)により、世界金融危機でロシアの銀行や企業が与信を打ち切られたのとまさに同じタイミングで、破滅的なまでに石油収入が激減するという事態もありうるが、ガスであれば、ロシアもある程度身を守ることができる。

ヤヌコビッチがウクライナの大統領になった今、ロシアのガスプロムからウクライナへ、あるいはウクライナを経由して西欧へと、合理的なガスの供給・輸送契約をする道に邪魔はなくなった。ウクライナの国内エネルギーの実に半分は天然ガスを使用しており、その75%という圧倒的な量をロシアから輸入している。[3]

現時点で、ロシアとウクライナの両政府は、ロシアのガス価格に関して安定した合意に達しているようである。2010年1月現在、ウクライナは西欧のレベルに近い価格でガス代金を払うことに同意している。それと同時に、ウクライナは、ロシアのガスを西欧まで輸送する対価として、ロシアの国営ガスプロムから、今まで以上に相当に高い通過料金を得ることになっている。これまでロシアのガス輸出の約80%は、ウクライナを通過してきた。[4]

だが、ロシアの長期的なパイプライン戦略の実施によって、この状態は大幅に変わることになる。その戦略は、2004年のオレンジ革命のような政変がウクライナに将来発生することがあっても、ロシアが弱体化しないように考案されたものだ。

2004年のウクライナのオレンジ革命の後、現在まで、モスクワの西側パイプライン構想は、ロシアから直接ドイツに走るノード・ストリーム(Nord Stream)という海底パイプラインを建設し、ウクライナとポーランドを迂回することを目指してきた。ポーランドのラデク・シコルスキ外相は、ワシントンが調教したネオコン派である。彼は前国防相として、ワシントンとポーランドのミサイル防衛協定に中心的な役割を演じた。シコルスキのポーランドは現在、NATOと密接に結び付いており、ワシントンの挑発的なミサイル配備方針にも賛成している。そして、彼はことあるごとに、ノード・ストリームの建設を妨害しようとしてきたが、今までのところ妨害には失敗している。

オレンジ革命後にワシントンがウクライナをNATOに引きずり込むことに成功する可能性があった段階では、ノード・ストリームはロシアにとって特に不可欠なものだった。現在、このバルト海の代替パイプラインは、別の意味でロシアにとって重要になっている。

サンクトペテルスブルグ近くのヴィボルグ港(ロシア)からドイツ北部のグライフスヴァルトへのノード・ストリーム・ガス・パイプラインは、バルト海の公海の地下を通り、完全にウクライナとポーランドの両国を迂回する。ノード・ストリームがドイツの大手ガス企業2社(E.ONとBASF)とロシアのガスプロムの共同事業(ドイツのゲルハルト・シュローダー元首相が役員)として発表されたとき、当時ポーランドの国防相だったシコルスキは、このドイツとロシアのガス取引を、モロトフ-リッベントロップ協定(1939年にポーランドを分割したナチスドイツとソ連の協定)になぞらえた。[5] シコルスキの理論構成はあまり確かではなかったが、感情的なイメージだったのは確かだった。

2009年後半にスウェーデンとフィンランドは、デンマークと歩調を合わせ、バルト海のそれぞれの国の領域をパイプラインが通る権利を最終的に承認した。数十億ドル規模の建設プロジェクトは、この4月に着手予定であり、ガスの輸送は2011年から始まることになっている。並行して走る第2期のパイプライン(2011年に建設開始予定)が完成すれば、ノード・ストリームは年あたり550億立米のガス輸送能力を持つことになる。ノード・ストリームのウェブサイトによれば、ヨーロッパの2,500万世帯に燃料を供給するのに十分な量である。

ロシアから主要顧客のドイツに直接つながる主要経路ノード・ストリームに加え、ウクライナ経由のルートも政治的に安定するとなると、ガスプロムのヨーロッパ北部へのガス供給を妨害できる見込みは遠ざかったようである。ノード・ストリームによって、ガスプロムはより柔軟な駆け引きが可能になり、過去数年に敵対的なウクライナとの関係で生じたような通過国による供給妨害に遭う危険も大幅に減らすことができる。

ちょうどノード・ストリームが最後の政治的ハードルをクリアしようとしていた2009年末に、ロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領は、ミンスクでベラルーシの役人に会っている。メドヴェージェフは、西欧のガス需要が将来にわたって確実ならば、ベラルーシを通るヤマル~ヨーロッパのガス・パイプラインの第二経路をロシアは検討していると言った。そして「ロシアがヨーロッパにガス供給する見込みが高いほど、ロシアとヨーロッパ双方にとって良いことになると思う」と述べている。[6]

加えて、この特筆すべき地政学的な変質の最中に、ガス輸出国から輸入国に転じるイギリスは、ガスプロムと長期契約を締結したばかりであり、ノード・ストリームを経由したガスの輸入で2012年までにイギリスのガス需要の4%以上を賄うことになった。[7] 現在ガスプロムは、イギリスとドイツの他に、デンマーク、オランダ、ベルギー、フランスとも供給契約を結び、EUのエネルギー供給市場の新たな主要プレーヤーとなっている。

ロシアから南のトルコに流れるパイプライン構想

一方、ノード・ストリームのことを苦々しく思っていたワシントンは、ポーランドなどEU諸国の反対を裏で支援して妨害を試みていたが、失敗に終わっている。

これは「米露パイプライン戦争」とでも名付けるべきものだが、その第二次主要対決で米国は、ヨーロッパ南部・南東部に供給するガス・パイプラインを建設する計画に着手して張り合った。それが米国がおおっぴらに支援する「ナブッコ・パイプライン計画」である。かたやモスクワは「サウス・ストリーム(南流)計画」(北欧のノード・ストリームの南ユーラシア版)を進めている。

2009年12月12日、ブルガリア政府(現在NATOとEUに加盟。元ワルシャワ条約機構の加盟国)は、ワシントンから相当の圧力がかかったにもかかわらず、モスクワのサウス・ストリーム計画に参加すると発表した。

2007年6月、ガスプロムとイタリアのENI事業は、サウス・ストリームを計画・資金調達・建設・運営するために「サウス・ストリームに関する了解事項」を締結した。ENIは、イタリア最大の工業会社であり、イタリアの伝説的人物E・マッテイが1950年代に設立した会社であるが、部分的に国有であり、1970年代前半からロシアのガス事業にも関わっている。

サウス・ストリームの海洋区間は黒海の下を通り、ロシアの海岸からブルガリアの海岸に至るおよそ550マイルの長さで、最深部は2キロ以上地下にもぐり、輸送能力は630億立米におよぶ。ノード・ストリームより大規模である。

サウス・ストリームは、ブルガリアで2本の線に分岐する。北側の線は、ルーマニア、ハンガリー、チェコ、オーストリアに向い、南側の線は、ブルガリアを抜けてイタリア南部に伸びる。この新パイプラインは、2013年に操業開始予定だ。

ガスプロムは、2035年までイタリアにガス供給する合意をしており、その主な供給経路がサウス・ストリームになる。ガスプロムとENIが折半出資するサウス・ストリーム株式会社はスイスで登記されている。今日までにガスプロムは、セルビア、ギリシャ、ハンガリーと、このパイプラインの通過協定の調印を終えている。[8] 2008年1月、ガスプロムは、セルビアの石油を独占していた国営NIS社の51%を買い、セルビアでの事業基盤を確実にしている。

ロシアのサウス・ストリームに参加したブルガリアに対してワシントンが圧力を加えた形跡が伺えるのは、ブルガリアは2009年12月にナブッコ計画にも参加意志を表明したことである。この二重契約についてブルガリアのBoyko Borisov首相は、「ナブッコはEUとして優先順位が高いが、ロシアのサウス・ストリームも急速に前進しており、多くの欧州諸国が次々に参加している」と、報道機関に話している。[9]

2010年3月3日、クロアチア新政権のヤドランカ・コソル(Jadranka Kosor)首相は、モスクワでロシアのウラジミール・プーチン首相と協定に調印し、パイプラインがクロアチア領土を通過することを認め、建設に向けて折半出資会社を設立する運びとなった。

コソル首相は、「クロアチア領内におけるガス・パイプライン建設と活用に関する」合意は、サウス・ストリームにクロアチアが関与する法的根拠となり、これで両者が折半出資で共同事業を行えるようになったと語っている。まるで雪だるま式にガスプロムの計画に殺到するように、その2日後には、今度はスルプスカ共和国(セルビア人共和国)が、やはりサウス・ストリーム計画に参加すると発表した。それは、ボスニア北部に480kmのパイプラインを建設し、それをサウス・ストリームのパイプラインに接続するという計画だ。これでガスプロムとの取引に参加する国の数は合計7カ国(スルプスカに加え、ブルガリア、ハンガリー、ギリシャ、セルビア、クロアチア、スロベニア)となった。[10] これはまるで、昔のベルリン-バグダード鉄道のバルカン半島ルートの再現である。この鉄道は、オーストリア=ハンガリー帝国の王位継承者(フランシス・フェルディナンド大公)の暗殺を機に最終的に第一次世界大戦へと導いた英国の策謀にとって地政学的に決定的な意味を持っていた。[11]

競争する二つのパイプライン計画(サウス・ストリームとナブッコ)にとって問題の核心は、誰がガスを買うかではない。前述の通り、ヨーロッパ全体で天然ガス需要は、今後急激に増加する。問題なのは、パイプラインを満たすガスを、どこから調達するかである。その意味では、現在、切り札を持っているのは明らかにモスクワだ。

ロシアのガス田から直接供給されるガスに加え、サウス・ストリームを流れるガスは、主にトルクメニスタン、そしてアゼルバイジャン、そして恐らくいずれはイランからやって来ることになっている。2009年12月、ロシアのメドベージェフ大統領は、エネルギー協力に関する重要な合意を締結するため、トルクメニスタンに行った。

1991年のソ連解体まで、トルクメニスタンはソ連の共和国だった。正式には「トルクメン・ソビエト社会主義共和国」(トルクメンSSR)だった。南東側はアフガニスタンと国境を接し、南と南西側はイラン、東と北東側はウズベキスタン、北と北西側はカザフスタン、西側はカスピ海に接している。ロシアのガスプロムは、これまでトルクメニスタンの独占的な経済パートナーだった。トルクメニスタンには膨大な天然ガス貯蔵があるのが新たに確認されたところだ。トルクメニスタンのガスは、ガスプロムの供給チェインに必要不可欠であり、その関係は、トルクメニスタンがソ連邦の一部、ソ連の経済インフラの一部であった時代にさかのぼる。

「テュルクメンバシュ(トルクメン族の長)」として有名な「終身大統領」のサパルムラト・ニヤゾフ(Saparmurat Niyazov)が2006年12月に予想外に死んだとき、ワシントンは、新大統領のグルバングル・ベルディムハメドフ(Gurbanguly Berdimuhamedow)をロシアから引き離し、米国の衛星軌道に引きずり込むという希望に胸をふくらませていた。だが、今のところ、米国はあまり成功していない。

メドヴェージェフとベルディムハメドフの12月合意には、新たにトルクメニスタンがガスプロムに長期的にガス供給する合意が含まれており、これが直接サウス・ストリームを満たすか、あるいは、ロシアの天然ガスと置き換わることになる。要するに、ナブッコ・パイプラインは置き去りにされたということだ。

見捨てられたナブッコ・パイプライン

ここ数ヵ月に活発化しているロシアとガスプロムのパイプライン外交は、ワシントンが肩入れしてきたナブッコに破壊的な一撃を加えた。ナブッコ・パイプラインは、カスピ海地域と中東から、トルコ、ブルガリア、ルーマニア、ハンガリーを経由して、オーストリアへ、更に中欧・西欧のガス市場へと伸びる計画である。起点は、グルジアとトルコ国境、もしくは、イランとトルコ国境にあり、終端はオーストリアのバウムガルテンになる約3,300kmのパイプラインである。米国の後押しした既存のバクー~トビリシ~エルズルムの石油パイプラインと並行して走るパイプラインで、年あたり200億立米のガスを輸送できる。このパイプラインの3分の2は、トルコ領内を通ることになる。

オバマ大統領が、2009年4月に2日間アンカラを訪問した後、2009年7月に、数年の遅延の挙句とはいえ、トルコのエルドアン大統領が計画に同意したことは、米国のナブッコ計画の大勝利のように思えた。ナブッコ計画は、EUのみならず全ユーラシア大陸の完全なエネルギー支配を目指す米国の戦略にとって不可欠な要素だ。それは完全にロシアの領土から独立した経路を走ることになり、ロシアと西欧がエネルギーの絆で結び付くのを弱体化する目的があるのが極めて明確だった。ウクライナとグルジアをNATOに引きずりこもうとするワシントンの政策にドイツやフランスが味方しないのは、この西欧とロシアのエネルギーの結びつきがあるからだと考えられる。

現在、ナブッコの未来は、悲惨なまでに不確かになっている。ロシアのガスプロムが、ナブッコにガス供給する見通しだった供給者をすべて長期契約で押さえ込んでしまったのだ。ナブッコは見捨てられた。そのため、アゼルバイジャン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、イラン、イラクが、ナブッコの供給元になるだろうと宣伝されている。

これまでは、ナブッコの主要なガス供給元はアゼルバイジャンのはずだった。アゼルバイジャンには、バクーの石油をロシアに依存せずカスピ海から西側へと流しているBP率いる英米コンソーシアムが押さえる大きな石油貯蔵がある。そのバクー~トビリシ~セイハン石油パイプラインこそが、ミカイル・サーカシビリを独裁者の座に就けた2004年のグルジアのバラ革命をワシントンが支援した最大の理由だった。

2009年7月、ロシアのメドヴェージェフとガスプロムのCEOアレクセイ・ミラー(Alexei Miller)は、バクーに行き、アゼルバイジャンのシャハデニス(Shah Deniz)2期海底ガス田から生産されるガスを全部購入する長期契約にサインした。このガス田は、ナブッコが欲しがっていたものだ。アゼルバイジャンのアリエフ大統領は、ロシアとワシントン(EU)の双方をいたちごっこで翻弄し、両者を競わせて最高の利益を得ようとしているようである。ガスプロムは、シャハデニスのガスを千立米あたり350ドルという異常な高値で買うことに同意した。これは明らかに経済的判断ではない。ガスプロムの支配的経営権を握るモスクワの政治的判断だ。[12] また、2010年1月上旬、アゼルバイジャン政府は、一部のガスを近隣のイランにも販売すると発表した。これはナブッコのガス供給にとって追加の一撃となった。[13]

(モスクワが米国を出し抜く動きをしているため、米国が後押しするナブッコ・パイプラインを使ってEUにガスを供給する見込みだったガス供給元はおしなべて疑念を抱いている)

業界筋の情報では、たとえアゼルバイジャンがガス販売に同意し、ガスプロムと競合可能な価格でナブッコがガスを購入できたとしても、アゼルバイジャンのガズだけではパイプラインを満たせないという。その不足分のガスをどこから調達するのだろうか? 第一の可能性はイラクだ。そして第二がイランである。どちらの国も壮大な地政学的問題を引き起こすことになる。これは控え目な表現だ。

現在のところ、トルコとアゼルバイジャン間で、アゼルバイジャンのガスをナブッコに供給するという最低限の合意すら危うい状態である。2009年についにトルコ政府がナブッコ参加を決断したと大々的に宣伝されていたが、トルコ政府とアゼルバイジャン政府の間の肝心の協議は、行き詰まったままだ。この記事の執筆時点では、米国のユーラシア・エネルギー特使リチャード・モーニングスターが最終合意を強制しようと度重なる干渉を行っているにもかかわらず、協議は座礁している。さらにワシントンのナブッコの夢に災難が重なっている。ナブッコの主要パートナーの一つ、オーストリアのOMVは、あまりに需要が低いならば、ナブッコ・パイプラインの建設は中止になるかもしれないと1月末にダウ・ジョーンズ通信社に話している。[14]

ワシントンが提案している他の選択肢としては、イラクのガスをナブッコに流すという案があるが、そのためにはイラクとトルコの両国にまたがるクルド人居住地域を通過する必要がある。これは、少数派のクルド人に大きな収益源を与えることになりかねず、トルコ政府には、あまり喜ばしくないことだ。現在のところ、ワシントンの計算では、イランは潜在的なガス供給元にはなってない。その理由は、イランの核開発をめぐる緊張であるが、より重要な理由は、イラクの将来に対するイランの影響力の甚大さである。イランは、イラクの多数派であるシーア派に大きな影響力を行使している。

ウズベキスタンとトルクメニスタンは、いずれも大きな天然ガス貯蔵を持っているが、本質的に反ロシア的な計画に与してガスを供給する可能性は、政治的にも地理的にも低い。地理的な距離を考えると、コストは急増し、ガスプロムのサウスストリームのガスより遥かに高くなってしまうだろう。

トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン首相は、ロシアとイランの両国に、ナブッコ計画に参加するように誘ったが、これは本当の意味での「ビザンチン外交」の実践である。ノーボスチ通信によると、エルドアンは、「状況が許せば、イランに計画に加わって欲しい。また、ロシアの参画にも期待している」と言ったそうだ。

ところが、トルコは、ナブッコの正式協定を米国と締結して間もない2009年8月、プーチンがアンカラに訪問した際に、黒海のトルコ領海をロシア国営の天然ガス独占会社ガスプロムが利用することを認めたのだ。モスクワは東欧と南欧にガスを輸送するために、サウス・ストリームのパイプラインを黒海に通したかったのである。トルコの承認と引き換えに、ガスプロムは黒海から地中海に至るトルコ全域のパイプライン建設に同意した。[15]

2010年1月上旬、エルドアン首相は二日間にわたってモスクワを訪問し、エネルギー問題と南コーカサスについて協議したが、これによってトルコ政府は、ロシアとの深まりつつあった関係を更に強化した。このことを、ワシントンのラジオ・リバティーは、かつての恨み重なる冷戦ライバルの「新たな戦略提携」と呼んだ。意味深長なことに、トルコはNATO陣営でもある。[16]

これは、一過性の気まぐれではない。ロシアとトルコの報道機関は、両国の「戦略的パートナーシップ」のことを公然と伝えている。[17] 今日、トルコは、石油とガスを合わせるとロシアにとって最大の輸出先である。さらに、トルコの電力需要を賄うため、トルコ初の原子力発電所の建設をロシアが行う計画も話し合われている。昨年の両国間の貿易額は380億ドルに達しており、トルコの最大の貿易相手国はロシアになった。この金額は、今後5年間で約300%増加する見通しであり、トルコでは商業的な理由から親露的なロビー(政治勢力)が着実に拡大していくだろう。両国は、新たに300億ドルを超える規模の通商交渉の詳細を協議している。それには、トルコの原子力発電所、サウス・ストリームの他に、トルコ・ロシア間のブルー・ストリーム・天然ガス・パイプライン、ロシアからトルコの地中海沿岸へのサムスン~セイハン石油パイプラインもある。[18]

こうしてナブッコの推進者(特にワシントン)にたくさん地雷があることをほのめかしつつも、2010年3月4日、トルコ議会は、ナブッコ・パイプラインの建設に関する法案を可決した。だが、同日に、米国下院の外交委員会は、第一次世界大戦時代のアルメニア人の大量虐殺を非難する拘束力のない決議を可決した。

トルコは、この議決に即座に反応して駐ワシントン大使を召還して抗議の意思を示したが、これによって更にサウス・ストリームなどの互恵的事業でのモスクワとアンカラの協力関係が緊密になるだろう。

EUは30億ドルの総合経済刺激策を承認したばかりであり、これにはナブッコ計画の2億7千3百万ドルが含まれていた。見積りでは最終的なコストは110億ドルであり、ナブッコにとっては到底納得できない支援額である。さらに、この資金の利用は、ナブッコ計画の着手が最終決定されるまで凍結されており、EU諸国は、モスクワのサウス・ストリームに対抗してナブッコ計画を進めるというリスクをワシントンほど負うつもりはないことを示している。EUは、6ヵ月以内にナブッコ推進者とトルクメニスタンの間に確実なガス供給の合意が得られないならば、この資金は他の用途に回すと言っている。[19]

ウクライナのNATO加盟の脅威が中和されたこと、ロシアにとって戦略的に重要なドイツへと西に伸びるノード・ストリームのパイプランの建設が始まったこと、また、サウス・ストリームのガス・パイプライン計画が前進していること、これらの要素が相俟って効果を発揮し、ナブッコ・パイプラインを使ったワシントンの対抗戦略は無力化された。これらの諸開発計画によって、ヨーロッパ最大のエネルギー供給者としてのロシアの地位は確たるものになっている。近年、ロシアはEUの石油輸入のほぼ30%を占めるまでに成長し、天然ガスに至ってはそれよりも遥かに大きなシェアを占めている。[20] これは戦略的・地政学的に極めて重要な意味を持っているが、これにワシントンが気付かないわけがない。

だが、ヨーロッパでの地位はしっかりと築かれ、オレンジ革命も事実上押し戻された今、ロシアの政策決定者たちは、東に目を向け始めている。冷戦時代の敵対国にして今や協力者である中国のエネルギー需要に目を向けているのだ。

モスクワの東征

2009年末、ロシアは、きっちりと計画通りに(ワシントンにとっては驚きだったが)、東シベリア~太平洋(ESPO)石油パイプラインの運用を開始した。工事費約140億ドルの4年間の建設プロジェクトだった。このパイプラインにより、ロシアは、東シベリアの油田から韓国、日本、そして中国に直接石油を輸出できるようになる。特にロシアと中国の関係を経済で緊密にする上で大きな前進である。このパイプラインは、現在、Bolshoy Never川(中国との国境)のすぐ北側のSkovorodinoまで走っている。現状ではそこで石油が鉄道のタンク車両に積み込まれ、ウラジオストック近くのコジミノ港(太平洋)へと輸送される。この港だけで建設に2百万ドルかかっており、日量30万バレルの原油を処理する能力を有している。その石油の品質は、現在市場で主流になっている中東の混合油に匹敵する品質である。トランスネフチ社(ロシアのパイプラインを独占する国営企業)は、東シベリアの荒野を走る2,700kmのESPOパイプラインを敷設するため、更に120億ドルを投資している。これによって、ロシアの石油大手ロスネフチ、TNK-BP、スルグトネフテガスが開発したシベリア地域のさまざまな油田がつながる。

コジミノ港までの最終的なパイプライン接続は、2014年に完了する予定である。さらに100億ドルを費やし、最終的に長さ4,800kmのパイプラインができあがることになる。これはロサンゼルスからニューヨークの距離を超える。モスクワと北京は、Skovorodinoから大慶(中国北東部の黒竜江省)までのパイプラインの支線を建設することにも合意している。大慶は、中国のエネルギーと石油化学産業の中心地であり、中国最大の油田地帯でもある。このパイプラインが完了すれば、毎年8千万トンの石油をシベリアから東へと運ぶことになり、その内1,500万トンが追加の支線を使って中国向けに送られる。

エネルギーに飢えた中国が、どれだけ高い優先順位をロシアの石油に置いているかを示す事実として、中国は今後20年間の石油供給と引き換えにロシアに250億ドルを融資している。2009年2月、ほんの半年前に1バレル147ドルの記録的高値をつけた世界の石油価格が25ドルまで下落したため、ロシアの巨大石油企業ロスネフチ社とパイプライン操業のトランスネフチ社は、崩壊の危機に瀕していた。北京は、ロシアの東シベリア油田から今後とも確実に石油供給を受けるため、迅速かつ手際の良い行動を取り、国有の中国開発銀行を通じて、ロスネフチ社とトランスネフチ社にそれぞれ100億ドルと150億ドルの融資を提供した。太平洋パイプラインの建設を加速させるために合計で250億ドルの投資をしたことになる。ロシア側はお返しに、新油田を更に開発すること、大慶向けにSkorovodinoから中国国境まで(約43マイルの距離)のESPO支線を建設すること、そして、中国に最低日量30万バレルの極めて需要の高いスウィート原油(低硫黄原油)を供給することを約束した。[21]

ロシア国境を越え中国領内で北京は、およそ600マイルの国内パイプラインを大慶まで建設する予定である。中国の融資には6%の金利が設定されており、ロシアは1バレル22ドルで石油を販売する義務を負う。現在、国際的な石油価格の平均は1バレル約80ドルまで回復しているため、中国はかなりトクをしたことになる。モスクワは、価格協定を取り消して収益の減少を取り戻すよりも、中国との戦略的な結び付きを維持する方が有益と判断したのが明らかだ。もっとも中国以外のアジア市場向けにESPOパイプラインを通って太平洋に流れる石油の価格コントロールは、依然としてロシアが握っている。

西欧のエネルギー市場の需要見通しが比較的停滞しているのとは対照的に、中国とアジアの需要は急成長している。その点を考慮し、モスクワは東方へと大きくシフトしている。2009年末、ロシア政府は、「2030年に向けたエネルギー計画」という題の包括的なエネルギー報告書を公表した。

その報告書は、東シベリアの油田への大幅な国内投資を提唱し、ロシアの輸出に占めるアジア太平洋地域の割合は、2008年には8%だったが、今後は25%まで増加するとして、北東アジア向けの石油輸出にシフトすることを指摘している。[22] これは、ロシアとアジア(特に中国)の双方にとって政治的に重要な意味がある。

中国は、何年も前に日本を追い越し、米国に次ぐ世界第二位の石油輸入国になっている。エネルギー安全保障は、中国にとってあまりにも重大事項であるため、中国のエネルギー政策を総合調整する省庁横断的な国家エネルギー会議のリーダーに温家宝首相が任命されたばかりである。[23]

アジア向けにLNG供給を開始するロシア

太平洋につながるESPO石油パイプラインが完成する数ヶ月前、ロシアはガスプロム主導のサハリンⅡ計画(英系ダッチシェルとともに日本の三井と三菱が参加する合弁事業)から、史上初の液化天然ガス(LNG)の供給を開始した。ロシアにとってこのプロジェクトは、急速に拡大する世界のLNG市場(固定された長期的なパイプライン建設に依存しないガス市場)での貴重な経験となる。

中国は、エネルギー需要を確保するために、旧ソ連圏の他の国にも手を出してきた。2009年後半に、パイプライン(中央アジア中国ガスパイプラインとも、トルクメニスタン-中国ガスパイプラインとも言われる)の第一期分が完成した。そのパイプラインは、トルクメニスタンから、ウズベキスタンを横断し、南のカザフスタンへと天然ガスを運ぶ。既存のブハラ~タシケント~ビシュケク~アルマティのパイプラインに沿って走っている。[24]

このパイプラインは、中国内で、中国を横断して遥か上海と香港まで各都市にガスを供給する既存の東西パイプラインに接続している。2010年には、このパイプラインで約130億立米が輸送され、2013年には400億立米まで増加する想定である。最終的には、中国の現在の天然ガス需要の半分以上をこのパイプラインで供給可能になる。

これは中央アジアの天然ガスを初めて中国にもたらすパイプラインとなった。トルクメニスタンからのパイプラインは、カザフスタン西部からの支線に接続され、2011年に運用開始する予定である。これはカザフスタンの何箇所かのガス田から中国新疆省の阿拉山口に天然ガスを供給することになる。[25] どうりで中国当局に2009年7月のウイグル族の暴動を歓迎する者はいなかったはずである。この暴動について中国政府は、ワシントン拠点の世界ウイグル会議(WUC)とそのリーダー、リビヤ・カディールが扇動したものだと主張している。リビヤは、米国議会の政権交代用NGO組織NEDと密接な関係があると伝えられている。[26] 新疆は、今後の中国のエネルギー流通にとって過去になく戦略的に重要になっている。

西側の評論家の一部には、トルクメニスタンと中国のガス・パイプラインが、ロシアのエネルギー戦略にとって脅威になると言っている人もいるが、実際には脅威とはほど遠く、上海協力機構(SCO)諸国の経済的結びつきの強化に貢献している。それと同時に、ワシントンのお気に入りの低迷しているナブッコ・パイプラインに取られていたかもしれないトルクメニスタンのガスの大部分を中国は確保できたのである。ナブッコが成功していれば、大幅に経済的影響力を失っていたはずのロシアにとって、地政学的なメリットでしかありえない。

SCOは、中国、カザフスタン、キルギスタン、ロシア、タジキスタン、ウズベキスタンの国家元首が2001年に上海に集まって設立されたが、まさにハルフォード・マッキンダーなら最悪の悪夢と呼ぶに違いないものへと成長してしまった。つまり、米国を無視して、ユーラシア大陸の主要な国が経済的・政治的に融合する場となってしまったのである。米国の元国家安全保障アドバイザーのズビグニュー・ブレジンスキーは、1997年の著書『壮大なチェス盤(The Grand Chessboard)』で、明確に述べている。

ユーラシア大陸を支配するような、つまり、アメリカに挑戦するような勢力がユーラシア大陸で育つようなことがあっては決してならない。そのような観点で、ユーラシアの戦略地政学を包括的に統一理論化することが本著の目的である。[27]

さらにこう警告している。

米国をユーラシア大陸から押し出し、ひいては世界権力としての米国の地位を脅かすような地域連合が生じた場合、どのように対処すべきか、今後、米国は決断を迫られることだろう。[28]

2001年9月の事件〔訳註:911〕発生を受け(この事件について、ロシアの諜報機関の専門家の多くは、イスラム教アルカイダというみすぼらしい狂信者集団の仕業だということを疑っている)、SCOは、まさにマッキンダーの研究家ブレジンスキーが警告した脅威そのものになり始めていた。ブレジンスキーは、最近のThe Real Newsのインタビューでも、オバマ政権に一貫したユーラシア戦略がないこと(特にアフガニスタンとパキスタンでの)について嘆いている。

北極圏にも北進するロシア

ロシアの地政学的新エネルギー戦略を完結させるに、残るは北側だ。ロシアから北といえば、北極圏の向こうになる。

2007年8月、当時ロシア大統領だったプーチンは、2隻の潜水艦が北極の深度4km以下の海底にロシア国旗を象徴的に立てたと発表し、NATOとワシントンの注目を浴びた。海底資源の所有権を主張したのだ。それからロシアは、2009年3月に、北の海岸線に沿って軍事基地を設立すると発表した。新任の米国・NATO最高司令官ジェームズ・スタビリディスは、ロシアの北極進出は、NATOにとって深刻な問題であると懸念を表明した。[29]

2009年4月、ロシア国営のノーボスチ通信社は、ロシアの安全保障委員会は、公式な政策文書をウェブサイトに発表したと伝えた。その題名は「2020年以降に向けた北極におけるロシア国家政策の基本要素」だった。報道によると、その文書には北極におけるロシアの政策の指針となる原則が記述されており、「多様化した軍事的・政治的環境においてロシアの軍事的安全保障を確保するため」に、相当な規模のロシア陸軍・国境沿岸警備隊を北極に編成することが含まれているようだ。[30]

ロシアは、世界最大の未利用の石油・ガス資源に杭を打っておくとともに、昔の冷戦時代の名残りで米国が北極圏へとミサイル「防衛」(誤解を招く名前だ)を更に拡大するのを先制・阻止する行動に出たのが明らかだ。昨年の9月、ドミトリー・ロゴジン(Dmitry Rogozin)駐NATOロシア大使は、北極を通る北洋航路は、ロシアに対抗して艦船搭載型のミサイル防衛を配置する米国に効果的な戦域を提供する可能性があると、Vesti24テレビで話している。彼の談話の後、米国は、より技術的に進歩した選択肢として、巡洋艦に搭載するような防衛力を配備するだろうとオバマ大統領が発表した。[31]

米国政府のアメリカ地質調査所(USGS)が2008年に推定したところでは、北極圏の北部には驚異的な量の石油と天然ガスが埋蔵されており、未発見の石油資源の70%以上は、5つの領域で出現するとされている。それは、北極アラスカ、アメラジア海盆、東グリーンランド・リフト海盆、東バレンツ海盆、西グリーンランド・東カナダである。未発見の天然ガスの70%以上は、3つの領域(西シベリア盆地、東バレンツ海盆、北極アラスカ)にあると考えられている。未発見の石油とガスの約84%は、海の中だ。北極にある未発見の通常の石油・ガス資源は、およそ900億バレルの石油、1,669兆立方フィートの天然ガス、440億バレルの液状天然ガスと推定されている。[32] この資源の便益を主として受けるのは、この地域に最大の領域を占めるロシアということになりそうだ。

西側で一般的に広く信じられていることとは違い、冷戦は、1991年のソ連崩壊でも、1989年のベルリンの壁の倒壊でも、終わってはいない。少なくともワシントンにとっては終わっていない。米国の軍事力と政治力の勢力圏を拡大する機会と見たペンタゴンは、核兵器の在庫の体系的な最新化に着手するとともに、モスクワの玄関先の国の段階的なNATO加盟を進めたのである。これは、当時の国務長官ジェームズ・ベーカー三世が、ロシアのミハイル・ゴルバチョフ大統領に、決してそのようなことはありえないと約束したことだ。[33] ワシントンは嘘をついたのである。エリツィン時代の混沌の間、ロシアの経済は、IMFが強要した「ショック療法」で崩壊した。そして、新たに登場した一握りのオリガルヒと共謀した西側の企業によって、ロシア経済は組織的に略奪されたのである。

過去20年間の経済ショックによって弱体化したとはいえ、世界政治の主役としてのロシアの復活は、明らかに(経済的にも軍事的にも)非対称戦争〔訳註:交戦相手との力量の差がはっきりしている状態での戦争〕の前提で描き出した戦略に基づいていた。ロシアの現状の軍備は、ペンタゴンの恐るべき軍事力の展開に匹敵できるものではない。だが、それでもロシアには尚、地球上で唯一、ペンタゴンの軍事力に対抗して致命的な脅威を与えることができる核攻撃能力が残っている。中国、そして他のユーラシア大陸のSCOのパートナー国と協力しながら、ロシアは第一級の地政学的なレバーとしてエネルギーを活用している。

最近のウクライナでの出来事と(ワシントンにとって不運な)オレンジ革命の後退は、現在のモスクワの包括的なエネルギー政治の文脈で考えれば、ワシントンの戦略家たちが想定する世界「完全支配」に重大な挑戦状を投げかけたことになる。アフガニスタンでの米国の総崩れと、米国占領下のイラクの不安定な状況は、「一極世界」の唯一の意思決定者としての米国の世界支配力を揺るがすという意味では、いかなるロシアの軍事的挑戦よりも、遥かに効果的であった。(第二部にて完結)

(翻訳:為清勝彦 Japanese translation by Katsuhiko Tamekiyo)

原文の紹介

Ukraine Geopolitics and the US-NATO Military Agenda: Tectonic Shift in Heartland Power, Part I

High-stakes Eurasian Chess Game: Russia’s New Geopolitical Energy Calculus: Tectonic Shift in Heartland Power: Part II

F.William Engdahl ホームページ http://www.engdahl.oilgeopolitics.net/

脚注

Part I

[1] Press Trust of India, 2009: Ukraine Becomes World's Third Largest Grain Exporter, accessed in http://blog.kievukraine.info/2009_12_01_archive.html.

[2] Stepan P. Poznyak, Ukrainian Chornozem: past, Present, Future, paper of 18th World Congress of Soil Science, July 9-15, 2006, Philadelphia, Pennsylvania, accessed in http://www.ldd.go.th/18wcss/techprogram/P12419.HTM

[3] The American Chamber of Commerce in Ukraine, Chamber Members, accessed in http://www.chamber.ua/

[4] KosivArt, Ukraine Natural Resources, accessed in http://www.kosivart.com/eng/index.cfm/do/ukraine.natural-resources

[5] Halford J. Mackinder, Democratic Ideals and Reality, 1919, reprint 1942, Henry Holt and Company, New York, p. 150.

[6] F. William Engdahl, Ukraine and Georgia: Entry into NATO Put Off Indefinitely, December 4, 2008, in http://www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=11277

[7] John Arquilla, David Ronfeldt, Swarming and the Future of Conflict, Santa Monica: RAND, 2000.

[8] US Department of State, John E. Herbst Biography, accessed in http://www.state.gov/r/pa/ei/biog/67065.htm.

[9] Michel Chossudovsky, IMF Sponsored "Democracy" in The Ukraine, 28 November 2004, accessed in http://globalresearch.ca/articles/CHO411D.html

[10] Kateryna Yushchenko, Biography, on My Ukraine: Personal Website of Viktor Yushchenko,  31 March 2005, accessed in http://www.yuschenko.com.ua/eng/Private/Family/2822/.

[11] Wikipedia, Orange Revolution, accessed in http://en.wikipedia.org/wiki/Orange_Revolution.

[12] Andrew Osborn, We Treated Poisoned Yushchenko, Admit Americans, The Independent U.K., March 12, 2005, accessed in http://www.truthout.org/article/us-played-big-role-ukraines-orange-revolution.

[13] Dmitry Sudakov, USA Assigns $20 million for Elections in Ukraine, Moldova, Pravda.ru, 11 March 2005.

[14]‘Nicholas,’ Forces Behind the Orange Revolution, Kiev Ukraine News Blog , January 10, 2005 accessed in http://blog.kievukraine.info/2005/01/forces-behind-orange-revolution.html.

[15] Jim Nichol et al, Russia’s Cutoff of Natural Gas to Ukraine: Context and Implications, US Congressional Research Service Report for Congress, Washington, D. C. February 15, 2006.

[16] Yuras Karmanau, Half-empty chamber greets Ukraine's new president, Associated Press, February 25, 2010, accessed in http://news.yahoo.com/s/ap/20100225/ap_on_re_eu/eu_ukraine_president

[17] Inform: Bloc of Yulia Tymoshenko Release # 134, EPP Throws Weight Behind Tymoshenko, 16 December, 2009, accessed in http://www.ibyut.com/index_files/792.html

[18] Stefan Wagstyl and Roman Oleachyk, Ukraine Election Divides Oligarchs, London Financial Times, January 15, 2010.

[19] TraCCC, Pavlo Lazarenko: Is the Former Ukrainian Prime Minister a Political Refugee or a Financial Criminal?, Organized Crime and Corruption Watch, Vol. 2, No. 2, Summer 2000, Washington D.C., American University Transnational Crime and Corruption Center.

[20] Ian Traynor, Ukrainian Leader Appoints Billionaire as his PM, The Guardian, 24 January, 2005.

[21] United States Embassy in Minsk, US Government Assistance FY 97 Annual Report, United States Embassy in Minsk, Belarus, 1998, http://belarus.usembassy.gov/assistance1997.html

Part II

[1] Eurogas (European Union of the Natural Gas Industry), Natural Gas Demand and Supply: Long-Term Outlook to 2030, Brussels, Belgium, 2007, accessed in www.eurogas.org/...

[2] Jim Nichol, op. cit.

[3] US Department of Energy, Ukraine Country Analysis Brief, Energy Information Administration, August 2007, Washington DC, accessed in http://www.eia.doe.gov/cabs/Ukraine/Full.html

[4] International Energy, Russia to supply 116 bn cm of gas to Europe via Ukraine in 2010, Beijing, November 19, 2009, accessed in http://en.in-en.com

[5] Simon Taylor, Why Russia's Nord Stream is winning the pipeline race, January 29, 2009, EuropeanVoice.com, accessed in http://www.europeanvoice.com/...

[6] RAI Novosti, Russia pledges 30-40% discount on gas for Belarus in 2010, November 23, 2009, accessed in http://en.rian.ru

[7] UPI, Nord Stream to supply UK by 2012, December 1, 2009, accessed in http://www.upi.com

[8] Gazprom, Major Projects: South Stream, accessed in http://old.gazprom.ru/eng/articles/article27150.shtml

[9] Trend, Bulgaria ready to participate in both South Stream and Nabucco, Baku, Azerbaijan, December 5, 2009, accessed in http://en.trend.az

[10] Olja Stanic, Bosnian Serbs to join Russia-led gas pipeline, Reuters, March 5, 2005, Banka Luka Bosnia, accessed in http://in.reuters.com/article/oilRpt/idINLDE6241B920100305

[11] For more on this fascinating and all-but-forgotten history of the German-British imperial rivalries over the Berlin-Baghdad Railway project in the prelude to the First World War, see, F. William Engdahl, A Century of War: Anglo-American Oil Politics and the New World Order, London, Pluto Press, 2004, pp. 22-28.

[12] Mahir Zeynalov, Azerbaijan-Gazprom agreement puts Nabucco in jeopardy, Today’s Zaman, July 16, 2009, accessed in

[13] Saban Kardas, Delays in Turkish-Azeri Gas Deal Raises Uncertainty Over Nabucco, Eurasia Daily Monitor, Vol. 7 Issue 39, February 26, 2010.

[14] Ibid.

[15] Brian Whitmore, Moscow Visit by Turkish PM Underscores New Strategic Alliance, Radio Liberty/Radio Free Europe, January 13, 2010, accessed in http://www.rferl.org/content/Moscow_Visit_By_Turkish_PM_Underscores_New_Strategic_Alliance/1927504.html

[16] Ibid.

[17] Faruk Akkan, Turkey and Russia move closer to building strategic partnership, RAI Novosti, January 15, 2010, accessed in http://en.rian.ru/valdai_foreign_media/20100115/157554880.html

[18] RAI Novosti, Russian delegation to discuss Turkey nuclear power plant plan, Ankara, February 18, 2010, accessed in http://en.rian.ru/world/20100218/157927131.html

[19] Kommersant, Nabucco's future depends on Turkmenistan, Moscow, March 9, 2010, accessed in http://en.rian.ru/papers/20100309/158135872.html

[20] US Energy Information Administration, Russia: Oil Exports, accessed in http://www.eia.doe.gov/emeu/cabs/Russia/Oil_exports.html

[21] Greg Shtraks, The Start of a Beautiful Friendship? Russia begins exporting oil through the Pacific port of Kozmino, Jamestown Foundation Blog, Washington D.C., December 11, 2009, accessed in http://jamestownfoundation.blogspot.com/2009/12/start-of-beautiful-friendship-russia.html

[22] Ibid.

[23] Moscow Times, Putin Launches Pacific Oil Terminal, December 29, 2009, accessed in http://www.themoscowtimes.com

[24] Zhang Guobao, Chinese Energy Sector Turns Crisis into Opportunities, January 28, 2010, accessed in www.chinadaily.com.cn

[25] Isabel Gorst, Geoff Dyer, Pipeline brings Asian gas to China, London, Financial Times, December 14, 2009.

[26] Reuters, China calls Xinjiang riot a plot against its rule, 5 July 2009, accessed in http://www.reuters.com/article/idUSTRE56500R20090706

[27] Zbigniew Brzezinski, The Grand Chessboard: American Primacy and It's Geostrategic Imperatives, New York, Basic Books, 1998 (paperback), p. xiv.

[28] Ibid., p.55.

[29] UPI.com, Russia’s Arctic Circle Claims Worry NATO, October 2, 2009, accessed in http://www.upi.com/Top_News/2009/10/02/Russias-Arctic-Circle-claims-worry-NATO/UPI-55371254525955/

[30] Mark Sieff, Russia creating new armed forces to boost power in arctic, UPI.com, April 6, 2009, accessed in http://www.upi.com/Business_News/...

[31] UPI.com, Russia fears missile defenses in Arctic, September 29, 2009, accessed in http://www.upi.com/Top_News/...

[32] Donald L. Gautier, et al, USGS Arctic Oil and Gas Report: Estimates of Undiscovered Oil and Gas North of the Arctic Circle, Washington D.C., USGS, July 2008, accessed in http://geology.com/usgs/arctic-oil-and-gas-report.shtml

[33] F. William Engdahl, Full Spectrum Dominance: Totalitarian Democracy in the New World Order, Wiesbaden, edition.engdahl, October 2009, p.3.