掲載2010年6月7日

どんな政治家なら理想的なのか?(1)

鳩山氏の辞任挨拶に久々に本格的に腹立たしい思いをした。金権マスコミの報道によると同情が集まっているそうだが、この挨拶を読んで腹が立たないならば、相当にシープル(羊のように従順な人間)化が進んでいる証拠だ。

皆さん、私はしばしば宇宙人だと言われております。それは、私なりに勝手に解釈すれば、今の日本の姿ではなく、5年、10年、20年、何か先の姿を国民の皆さんに常に申し上げているから、何をいっているのかわからんよと、そのように国民の皆さんに、あるいは映っているのではないか、そのようにも思います。(略)今すぐ、なかなか分からないかもしれません。しかし5年、10年たてば必ず、国民の皆さん、鳩山の言っていることはこういうことだったのかとわかっていただけるときが来ると確信しています。

これは深読みするとブラック・ユーモア(5~10年後にはメーソン「友愛」世界政府が樹立しているという意味)であるが、普通に解釈して分かりやすく翻訳すれば、「国民は無知だ」と呆れているわけだ。鳩山さんよ、あなたに分かっていて、国民に分かってないこととは何かね? 「東アジア共同体」? 国境のない世界? 米軍を追い払えない国の総理大臣が、どうしてそんな大それた言葉を易々と口にするかね? いいかげん、目を覚ましたら?

金計算を覚える必要もない悠々自適の人生を送ってきた親の七光りが、米軍基地問題で現実の政治の怖さを初めて肌身に感じただけじゃないのか? 実現に向けた戦略もなく、ただの願望を公約し、果たせなかっただけじゃないのかね? オバマに教えてもらったと思うが、戦略というのは船を沈没させてでも世論を誘導することなんだよ。

よく政治家は選挙のレトリックで「命がけ」と言うが、そう言うなら辞任で逃げずに国際ネットワークに暗殺されるまで真剣にやれよと言いたくなる。

鳩山氏のような富豪では全然ないが、私もそれほど人生で苦労しているわけではないので、実は鳩山氏のヤワな心境がよく想像できるのである。例えば、新興宗教や超常現象に関心を持ったり、政治は科学だと言いたくなる気持ちである。

私でも妄想であればいくらでも5~10年後の世界を描いている。ただ、妄想に過ぎないかもしれない、間違っているかもしれないという謙虚さは持っており、総理大臣の立場で全国民に向けて自信たっぷりに捨てゼリフ演説しようとは思わない。大衆心理も国際政治も理解せず、無謀にも総理大臣になった男に、「今のあなたには分からないでしょう」と言われたくない。

あの精神病と闘っている操り人形のオバマに軽くあしらわれたのも当然だ。

例:「鳩山がオバマに怒られていた!普天間問題」日刊スポーツ新聞

「鳩山-オバマ会談の特異性 会談拒否は微妙な距離感の反映」産経ニュース 


操り人形とはいえ、オバマの支持基盤はシカゴのギャングであり、いつもスイカ笑いを浮かべているからといって侮ってはいけない。

参考:

裸の王様・・・バラク・オバマ by デーヴィッド・アイク (さてはてメモ帳)

   1.http://satehate.exblog.jp/10223813

   2.http://satehate.exblog.jp/10223817

黒いオバマ(Chacun porte sa croix)

それはもう恐ろしい人間だ。夜の闇で遭遇したくない人物である。鳩山のようなフワフワした男が対抗できる相手ではない。本来なら日本側も暴力団の中堅クラスから選り抜きの人物を総理大臣に設置して対抗すべきかもしれない。一定期間の研修を受ければ、演説は字幕装置でサポートできるので大丈夫だ。日米会談のときは日本刀持参。とにかく修羅場をくぐった肝力と気魄のある人間が必要である。それは半分冗談だが、いずれにしても、ここまで現実を知らない人間が総理大臣を辞職したことは、喜ばしいことである。去年彼が就任したときに、私はもうこの男で世界政府にバトンタッチなのだろうと思っていた。


なお、今度の菅直人氏は、過去に丸山ワクチンや薬害エイズなど今最も重要な衛生の分野に関わっている。期待しようではないか。もしも本当に国民のために働く人ならば、金権マスコミから金や女といったスキャンダル攻撃を受けるはずだし、究極的には暗殺のターゲットになるだろう。その際、国民は金権マスコミの煽動に乗らないように注意しないと、また辞任挨拶でバカ呼ばわりされることになる。

理想の政治リーダー

さて、金権マスコミは好き放題なことを言っているが、我々は一度冷静にどのような政治家、リーダーを求めているのか、自省心をもって考えてみる必要がある。批判するのは容易だが、では、いったい、どんな政治リーダーなら理想的なのか? 良いのか?


例えば、次のような考えを持つ人はどうだろう。もちろん、嘘で言っているわけでなく、本心から言っているという前提である。

・ 政府の公僕は誰一人として私企業の株を持ってはならない。行政指導者、国会議員、政党のリーダーは誰一人として私企業の重役であってはならない。名誉職であるか有給職であるかは無関係だ。もしそのような地位に甘んじている公僕がいるとすれば、たとえ実際に国家のためだけに尽くしていたとしても、国民は彼への信頼を失うだろう。

・ 当時、国は道路建設のために多額の債券を発行していた。その道路の寿命は15年程度なのに、借金の返済は80年も続くのである。目前の財政負担を次の世代、そのまた次の世代に押し付けようというのだ。こんな不健全なことはないと私は主張した。(略)次に私は、金本位制や固定相場制などは経済原理としては、重要でも不可欠でもないと論じた。

・ 「あの世」について私は何も知らないし、知らないことを正直に認めもしよう。(略)宗教は真理の探究を目的とするものではないにしても、単純な人を満足させうるし別に害を与えるものでもない。つまるところ、人間が自分の無力さに対して抱く感情の問題なのだ。それ自身の内には何の害もない。大切なのは、運命を理解し自然の掟を受け入れようとする各自の努力のうちに救いがあるということを知ることなのだ。

・ ごく自然なかたちで、すべての人間は意識の底に永遠という感覚を持っている。肉体が自然に帰るように魂と精神も自然に帰っていく。こうして生命は永遠に生まれ変わるのだ。「なぜ?」かは考えるだけむだだ。魂とは計り知れないものなのだから。

・ 人間は氷河時代の環境に合わせて仕方なく肉食するようになったのではないだろうか。同じ時やむなく料理も覚え、これもありがたくない結果につながることは、今日我々の知るところである。我が国の農民は何度も火を通したものでないと食べないが、これでは栄養分は何もかもとんでしまっている。

・ 音楽と建築――こうした修練の中にこそ人間の向上の足跡が刻み込まれているのではないか?(略)私が身を投じてきた政治の仕事を誰か他の人がやってくれていたら、私は決して政界には足を踏み入れなかっただろう。芸術か哲学の道を選んでいたに違いない。

・ 人は真理のかけらをつかむことはできる。しかし、自然を支配することはできない。むしろ自然への依存を知らねばならない。この認識は、教会の迷信的教えよりはるかに深い人生の深みへと人を導く。(略)人々の目を開かせるには実物を見せるのが一番だ。(国の天文台とあわせ)村ごとに望遠鏡を据えつければいい。

金と政治の関係という意味では超清潔な思想である。また、宗教よりも自然への畏敬の念が大事であり、子供たちに星を見せろという。そして、人生の豊かさは健康と芸術活動にあると言っている。

言葉だけなら、似たようなことを言う人は沢山いるだろう。だが、この言葉を残した人物は、単なる評論家や思想家ではなく、強烈な政治指導力も併せ持ち、現実に実行しようとしていた。

誰なのか、もう察しはついておられると思うが、答はまた後日・・・

後編 どんな政治家なら理想的なのか?(2)