掲載2010年7月25日
買い物(消費)こそ政治活動だ
先日の参議院選挙のとき、どこに投票すれば良いかと人に聞かれて、ビックリしてしまった。端(はな)から国政選挙に行く気がなく、考えてみたこともなかったのである。暇な割には実用主義なので無意味な行動はしないことにしている。ただし自治体の選挙は多少は意味があると思っている。
選挙が無意味もしくは有害な理由
単に選挙に行かないなどと言えば、政治に無関心なバカだと思われるのも癪なので、選挙に行っても無意味な理由を整理してみた。
・ 選挙でマスコミを変えることはできない。「世論」が政治を動かすといわれるが、その「世論」とは、国民全体の意見が反映されているはずはなく、金権マスコミの論調のことに他ならない。金権マスコミ、企業、外国勢力に操られているという意味ではどの政党も似たようなものであり、与党が交替しても政治は変わらない。
・ 金権マスコミ(テレビ)の影響から脱した人間がある程度の割合まで増えた段階ならば、選挙も意味を持つ可能性がある。だが現状では誤差程度の割合の人間しか存在しないことが、インターネットのブログの内容などからおよそ察しがつく。
・ 「デーモンクラシー」が究極まで発達したアメリカでは、投票集計のごまかしが行われており、完全に選挙が無意味化していることは周知の通りである。
・ 以上のような状況で、もし選挙に行くことで「政治に参加している」という精神的満足を得ているなら、選挙に行くこと自体が心理戦的には敗北でさえある(スピリチュアルに解釈すると実際には、支配するのが好きな連中を投票で「認める」ことでパワーを与えている。印鑑を押すのに似た、服従を承認する行為だ)。むしろ選挙の度に、投票用紙をゴミ箱に捨て、我々は完全に支配されていると屈辱を感じるべきである。
などと、もっともらしい理屈を考えている内に、こんなことを思いついた。
世の中がマネーで動いているのであれば、本当の投票・選挙とは、マネーを動かすこと、つまり、消費活動ではなかろうか?
消費 = マネーを投票すること
消費とは、自分の選んだ商品やサービスに、マネーを「投票」することに他ならない。しかも、一年に何回あるかないかの選挙のタイミングだけでなく、毎日することだ。
例えば子宮頸がんワクチン。仮にこのワクチンを阻止する方針を持つ政党が政権を握ったとしても、「世論」に踊らされた国民の多くが、子宮頸がんワクチンの公費助成など推進を望めば、政府としても要望に応えざるを得ないだろう。逆に、子宮頸がんワクチンを推進する政党が与党になったとしても、国民の大半がワクチンを打ちに行かなければ、空振りになるわけだ。法的に強制して警察の暴力で無理矢理接種する手法はありうるが、それはさすがに抵抗を生むだろう。
こうして考えると、政治家が誰であろうと国民がマネーを正しく遣えば、何とかなるのだ。消費こそ政治活動であり、「参政権」の行使である。如何だろう?
よく考えると、経済活動そのものが、我々の住む社会の姿を作っている。政治も経済も区別はないのだ。
例えば、最近ずっとベストセラーになっている本がある。どうしてか? 本当に内容が良くて売れているのだろうか? あまりにも売れているというので、私も書店で少しだけ立ち読みをしてみたが、吐き気がした。実に哀れな男が書いた内容である。精神病が感染しそうなネガティブ・エネルギーに溢れており、タダでも欲しくない本である。「話題作」というが、誰が「話題」にしているのか? どうしてあの本は、雑誌とマンガが中心の田舎の書店でさえ、たくさん山積みしてあるのか?
残念ながら、そんな本を買って読むような人は、マスコミの餌食になっている。自分で判断して買っているのではなく、買わされているのである。手前味噌ながら『完全支配・アグリスーティカル編』が同じぐらい売れれば、社会を動かす力になる。だが、人々は精神を病んだ男の本に「投票」しているわけだ。
また、服飾の世界では二年前に「流行」色が決められているそうだ(参考:「流行色が決まるまで」財団法人・日本ファッション協会・流行色情報センター)。それもインターカラー(国際流行色委員会)という国際組織があり、国際的に「営利を目的としない公益的な色彩団体」が集まって決めているそうだ。「営利を目的としない」のに、わざわざ国際的に集まって流行色を決めるとは、なんとも奇特な方々である。
この「流行」を決める組織が決めた内容に沿って、企業のデザイナーが企画を考える。我々一般人は、服の「流行」さえ決めてもらわないと、自分では決められないのだろうか? そうして、「国際的な専門家」が決定し、マスコミ・芸能人が宣伝するものを「最新流行」と称して先を争って高い値段で買い、自慢げに着る。バカまるだしだ。
色の話のついでに、デービッド・アイクのニューズレター「相変わらずの腐敗、お決まりのダークスーツ(SAME OLD SHITE... SAME OLD DARK SUITS)(2010年4月25日号)に面白い話があった。
何年か前に誰かが教えてくれたのだが、選挙の直前に主要テレビ局のニュース番組のスタジオの背景で使っている色を見れば、支配システムが設置したがっている政党がわかるそうだ。例えば、保守党(青色)のマーガレット・サッチャーの在職中と選挙の間には、BBCニュースのセットは青だった。その後、労働党(赤色)のトニー・ブレアの選挙になると、テレビも赤に変更し、ブレアが在職中もそうだった。
数週間前にテレビを見ると、BBCのセットは赤で、他の主要テレビ局(ITN)のニュースは黄色(自民党の色)を使っていた。その時、友達のJustin Walkerと雑談しながら、もしニュース番組の色の話が本当なら、支配システムは、ハング・パーラメント(どの政党も過半数を取れない議会)、労働党と自民党の連立を望んでるってことだね、と言っていた。
結果的には、保守党と自民党の連立になったようだが、ハング・パーラメントという意味ではその通りになった。どのような選挙結果になっても大きな違いはないが、連立政権にして一層政策を曖昧にし、国民を煙に巻きながら様々なアジェンダを進めていくというのが狙いだろうとアイクは分析している。ちなみに、その後の2010年5月9日号は、「投票しないでくれ、やつらを元気づけるだけだ(DON'T VOTE... IT ONLY ENCOURAGES THEM)」というそのままズバリのタイトルだった。
色やキーワードなどは、意図的に流されている可能性があることを知っておいてもよいだろう。
まずは正しい情報
いつまでも、金儲けしか頭にない連中の好きなようにさせておいてはいけない。
正しくマネーを遣うためには、可能な限り、正しい情報で正しい消費をする必要がある。インターネットなどで情報交換を進めながら、実現していくしかないだろう。絶対的に正しいのは何かと言い出すと難しくなるので、とりあえず自分が正しいと思うものを発信していけばよいのではないかと思う。当サイトでも、商品紹介コーナーを設置したいと思っているが、面倒臭いのでなかなか進まない。
正しい情報がない場合、我々は短絡的に価格だけで判断してしまう。安ければ良いという単純な判断しかできなくなる。
モノの価格は「人間の価値」である
だが、本当に良い買い物とは、価値を見極めること、本当の価値に見合った対価を支払うことである。
モノの価格は全て、広い意味での「人件費」である(経営者の利益等も含めて広く考える)。例えば、修理工事の見積りを依頼すると、人件費いくら、材料費いくらと書いてある。材料費の大半は材料メーカーの人件費である。さらに材料メーカーにも原材料の仕入があるだろうが、それも本当は人件費である。こうして辿っていくと、全て人件費になる。代金(マネー)を受け取るのは人間しかいないのだから、当然である。
つまり、モノの価格は、裏返すと所得なのである。一般的な主婦の考え方では、買い物をするときは安い価格を求め、夫には高い所得を求める。これはマクロ経済的には矛盾した行為であり、両立しない。主婦に限らず、男でも買い物するときは安いところを選び、雇い主にはできれば高い給料を要求する。
このマクロ経済的な矛盾のしわ寄せを吸収しているのが、国際的な賃金格差であったり、企業の「嘘」であったりする。本当は安くないものを安く見せたり、不要なものを必要に見せたり、価値のないものを価値のあるように見せたりする。時間の経過とともに人間にとって有害な商品、インチキ商品が増える理由は、ここにあるのだろう。
我々は(サービスの対価であっても、物品の代金であっても)、モノに対してお金を払っているのではなく、人間の労働・サービスにお金を払っていることを忘れてはいけない。目に見える部分、材料(金属、石油など)は、地球からタダで奪ってきたものである。今まで地球は請求書を発行し忘れていたが、だいぶツケがたまっているので、そろそろ払ってくださいよと、ちょうど今、人類に巨額の請求を突き付けているのかもしれない。
究極的には信用
買い物は取引であり、等価の交換に努めなければいけない。誰の人生も同じ価値であるとするならば、相手の一時間分の労働に対し、自分の一時間分の労働と同じと評価する(敬意を表す)ことである。
だが、実際に完全な情報に基づいて、価値を正当に評価することは難しい。実際には、やはり値段の安い方に流れてしまい、せっかく良いものを製造し、それなりの価格で売ろうとする事業者が出現しても、事業が継続できなくなる。残るのは、悪いものを安く売る(あるいは騙して高く売る)商売だけになる。
完全な情報が理論に過ぎないならば、現実的には「信用」しかない。信用とは、人と人が信じることであり、金融のことを信用とも言うように、もともと経済の基盤も信用である。経済の崩壊、金融の崩壊とは、景気循環などではなく、嘘のせいで、人と人の信用が崩壊しているのである。だから、本物の景気対策とは、個人と個人の信用を構築することであって、政府に何かしてもらう必要はない。インターネットで、個人と個人が信用でつながっていけばよいことだ。まさにハイパーリンクである。
「消費」こそが社会を変える「政治活動」である(マネーのパワーを使うという意味では、「投資」もそうだろう)。国政選挙の無価値な一票よりも、財布の一円玉の方がパワーがある。
インターネットで正しい商品情報を広めよう。勘違い・誤解は仕方ない。誰でも大なり小なり企業の撹乱情報にやられちゃってるからだ。自分なりのベスト情報を発信するしかない。
ただ、モーゼの十戒にも偽証してはならないとあるが、最低限のモラルとして嘘をつかないことが大事だろう。
繰り返すが、買い物は、政治活動だ。
選挙に行く暇があるなら、女だけに買い物を任せず、近所のスーパーに行くべきだ。